緑ヶ岡徒然〜新校舎世代の思い出(その1)
 
 
「湖陵」の思い出と言えば、まずあげられるのが「富士見旧校舎」。
だが、「緑ヶ岡新校舎」世代には「新校舎世代」の思い出が存在する。
ここでは同窓生の飯田裕介くん (湖53期)が撮影した写真を中心に、
緑ヶ岡校舎とその周辺の移り変わりを追いたいと思う。
 
ラーメン六丁目(その1) ラーメン六丁目(その2)

新校舎世代には最も思い出深い存在である「ラーメン六丁目」。現在は二代目「喜多」になっている。

 

2002年3月のショット。もう一度あの素朴な味わいのラーメンが食べたいものである。

 
ラーメン喜多(二代目) 校門前より「湖陵高校」バス停方面を望む

初代「喜多」は約2年間営業し、都合により閉店。二代目「喜多」も約1年間営業し閉店してしまった。

 

毎朝校門前に立ち、笑顔で生徒を出迎える校長がいる学校は、全道でも「湖陵」だけではないだろうか。数馬田敏(17期)もまた、生粋の「湖陵馬鹿」である。

北海道釧路工業高校 釧路シティホール(ベルコ)

老朽化が著しかった工業高校もまた生まれ変わった。大きなアーチを持つ、近代的なデザインが美しい校舎。

高校と葬儀場が隣接しているというのは全国的にも珍しいケースではないだろうか。出棺の合図を告げるかん高いクラクションの音には毎度驚かされた。

 

全日食チェーン緑ヶ岡食品センター メルヘン

安くてボリュームたっぷりの弁当は現在も健在。昼休みに学校を抜け出して買いに行き、叱られた経験のある同窓生も多いのではないだろうか。

 

食欲旺盛な高校時代。湖陵、工業、北陽の3校が集まる緑ヶ岡文教地帯において、この店の存在は大きいものがある。早朝から営業しているのがありがたい。

 

セブンイレブン 春採湖

これも湖陵生御用達。朝は湖陵、工業、北陽の3校の生徒でごったがえす。

校舎前の長く急な坂は冬期間は事故が多発する危険地帯。下りきった所は春採湖。

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